葬儀あとみんなで過ごしまして

昔から野球が好きで、中でも埼玉西武ライオンズが好きで。きっかけは小学校の時初めて日本一になった年。デーゲームだった日本シリーズを担任の先生が教室のテレビで見せてくれたこと。

その後、PLの清原くんが入団したり、横高の松坂くんが入団したり、ずっと変わらず応援している。弱くなったって去年91敗したって、カラオケに行けば「松崎しげる」で検索して「(球団歌)地平を駈ける獅子を見た」を歌う。

いずれ西武ライオンズについても書こうと思う。


さて、母の葬儀がひととおり終わった後の話。

母のお骨を抱えて自宅に戻る。私や弟ファミリーだけではない。都合で早々と北海道に戻った本家の次女従姉妹夫婦を除き、残りの参加者全員が私の自宅に移動した。

仏間となっているうちのリビングに母の写真を飾り、葬儀で飾られていた花も持ち帰ったので、それも飾った。結構豪勢な花で、仏壇前は一気ににぎやかになった。母の写真は先に亡くなった祖母と愛犬のトイプードルと一緒に並べられた。

正装だったみんなが着替えをする。いつものお盆やら正月のような、にぎやかな親戚軍団がまた戻ってきた。

夏は終わったというのにまだ暑い。その暑い中で大人数が集まると本当に暑い。私は一番下の叔父家の次女従姉妹を誘って、仏間の向こうの私の仕事部屋、塾の方に移動した。「○○(従姉妹の名)、向こうで飲むよ」。そっちの方がエアコンが効くのだ。

そのあと続々と仕事部屋の方に人がやってくる。本家長男従兄弟、下の叔父の長男従兄弟、そして甥たち子ども軍。次女従姉妹と一緒に、とにかく静かにお酒を飲みたいと思っている中、仕事部屋が涼しいからみんながやってきた。「テキスト見せて」と誰かが仕事部屋の本棚の塾のテキストに興味を持つ。「まだ中1ならなんとかなるかも」と数学のテキストを開いたりしている。チビたちは仕事部屋に置いてある生徒への景品オモチャを見つけちゃって、遊んだりしている。

そんな中、私と次女従兄弟は何をしているか。。。飲んでいる。

甥は高1、下の叔父の孫は中3。どんな流れだったかそんな話になって、「二人ともお父さんが“ものづくり”の仕事をしているけど、同じ仕事をする気はないの?」と聞いてみた。甥は言う「俺はしたい仕事があるからやらない」。叔父の孫は「まだ決めてないけど、同じ仕事はしない」と言った。そういうもんか。。。私も父が大工だから、小さい頃はその職業に憧れたりしたもんだけどなぁ。

高いところが苦手な段階で、私には無理な仕事だがな。

リビングの方では弟が変わらず、大叔父のところの母の従兄弟たちをおもてなししている。そのとき一番下の叔父が動画を流すという。叔父は動画編集が好きだ。本家の叔父が亡くなった時も祖父が亡くなった時も「思い出アルバム」的に動画を作ってきた。もう母の動画も出来上がっていたのだ。義叔母の話だと、これらの動画を泣きながら作るらしい。しかし私は観なかった。泣きそうだからとかじゃなくて、もう酔っ払ってたから。

叔父の動画観たい人はこちら → みんなの動画部屋

いろいろ場所を変えたりしたけど、私は飲み続けた。母が入院してから一人暮らしをしてたもんだから家の中が賑やかになるのは久しぶりで、あっち行ったりこっち行ったりして親戚軍団とコミュニケーションをとった。なんでずっと仕事部屋にいなかったかというと、一緒に飲んでいた次女従姉妹が寝始めてしまったから。

あと、写真の整理とかして昔の写真を引っ張り出してみた。そこから叔母や下の叔父や弟と話が弾む。どうしてもこういう集まりになると、なぜか昔話になってしまう。写真を見ながら生前母から聞いた情報で、私が「この人誰?」の難問を解決したりした。

これが母の葬儀の日の最後の記録である。時間が過ぎて、一組、二組と各ファミリーが帰っていく。明日は月曜。みんな学校だったり仕事だったりする。最後の弟ファミリーも自宅に帰っていった。

私はまた一人暮らしに戻る。

塾の方は明日まで休み。引っ張り出した写真を片付けながら、私はひとりで飲み続けた。でも昨日までとは違う。祖母、愛犬と並んで、でっかい母の写真がこっちを見ている。

母の写真と目が合ってしまった私は、お酒を止める。掃除しなきゃ怒られそうだ。


次の日、休みで家でのんびりしてたら家のチャイムが鳴った。ドアを開けたら「お荷物でーーす」と配送のお兄さん。いや、本家の長男従兄弟だった。

配送業をしている彼は、近くに配達で来たそうで、一人でいる私を心配して来てくれた。

大丈夫。昨日から母の写真が私を見張ってるから。

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