今思えばの母の大病の兆し。まだある。
私が10代の頃、母はヘルニアで入院している。その時は弟も幼くて、二人でお留守番なのだが、なぜか「二人はやだ」といってとなりの祖父母のうちに行ってしまった。ん?行ってくれた??その日から私は深夜まで遊び歩くワルになった(ってほどでもないけど)。
という全然母の病気と関係ない話は置いておいて、その後母は数十年「首・肩・腰」の痛みに悩ませ続けられるのだ。頚椎ずれてるとか背骨が湾曲しているとか狭窄症になるとか。
そんなこんなで、毎日湿布貼り(その手伝いは私の仕事)。そして近所の外科にも通い続け、あっためたり電気治療したり運動治療したり・・・。診察した先生には、残念ながらここまで来ると元には戻らない、これ以上進まないようにリハビリを続けることと、痛みが和らぐような処置をしていくしことしかないと言われていたそうだ。
だから母は、痛みがきつい時には座薬を入れていた。もしもの時のためにその外科の先生が処方してくれているものだ。そうするのがスタンダードなのかどうかは知らないけれど、母はその座薬を冷蔵庫に入れていた。ワサビやらカラシやらのゾーンに置くもんだから、食事の支度の際にササッとノールックでワサビを取り出そうとすると、いっつも座薬に手が触れてしまう違和感。
ま、それはどうでもいいんだけど。
前投稿の喘息症状とほとんど同じ時期。いつもどおり背中の痛みがひどくて辛いと言い出す。湿布程度じゃ効かなくて、そういう時もいつもどおり「座薬」が登場するのである。普段はそれでようやく痛みが治まってきて洗濯を始めたりしていた。
ところが
その座薬が全く効かない。「今回の痛みは全然取れない」という母はよっぽど辛かったのだろう。イライラして不機嫌になり、私に当たり出すのである。こっちもムカつくことはあるんだけど、幼い頃の両親の激しい夫婦ゲンカの中で育ってきた私は、6歳の時に誓った。
「キレる大人は格好悪い」「キレるエネルギーがあったら楽しいことに使う」
これマジで、6歳の時に決めた!(塾講師になった今、生徒にキレる演技をして喝を入れることはあっても指導の一環としてやっている。怒ったことはない、あくまでも叱っている意識)
母がキレている間は全て無言でそれを受ける。無表情でそれを受ける。それもまた母がムカついてキレる。。。けど、それで痛みが忘れられるならいいか、とサンドバック状態で受けるのである。疲れたら自分の部屋に逃げる。
でも自分がサンドバックになるだけは嫌だからボクシングを始めた。(というのは言いすぎ。ちょっと盛った)
座薬の効かなくなった母はやはり言う。「歳をとるとやーねー」
今となっては、いや本当に今となってはなんだけど、このとき既に骨へのガンの転移も始まったのでは・・・と思ってしまうのである。



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