春期講習が終わり、新学期の準備も終わり、塾の方は少しだけ休みとなる。ぎゃくにバリバリ事務作業の時間ということになるのだが。物販の仕事も進めないと。
そういえば昨日、本家の義叔母と一番下の叔父に連絡してみた。新学期準備でスケジュールを確認した時に「GWが来るなぁ」と思って、その流れでお墓参りやら親戚廻りやらしなきゃと考えたから。本家の義叔母も叔父宅もGW中は家にいるそうで、また日付がはっきりしたら連絡してみよう。
前回記事 → 「葬式が始まりまして」
9月29日(日)母の葬儀は無事に式次第が終了した。このあと火葬場に運ばれ、我々親戚軍団も移動する。場所は車で10分程度か。会場についてハッとする。
うちのじーちゃんもここじゃなかった?
葬儀の打ち合わせの時はなんとなく「そこでよろしく」って決めたけど、来てみたら記憶がぐぐっと蘇ってきた。ずいぶん昔の記憶なので弟にも確認したが、間違いなくじーちゃんもここだった。母は、母自身が幼少から一緒だった伯母夫婦である「うちのじーちゃんばーちゃん」がお世話になったところで、自分の葬儀一切もお世話になったのだ。(この辺の関係性が難しいが、詳しい説明はまた今度にする)
斎場も葬儀準備担当やおくりびとの人々もばーちゃんと同じ。火葬場やいただく食事の準備はじーちゃんと同じ。縁があってのことだろう。
火を当てるところだから会場は全体的に石っぽい。コンクリ?ちょっと暗めの会場。みんなで順にお焼香をしながら母を送る。母は閉められた棺桶の中にいるまま“そのドア”に入っていった。泣いて泣いてどうしょうもなかった叔母はもう落ち着いている。静かに母が入った後のドアが閉められた。
「いやぁ、お腹すいたねー」
弟が事前に予約をしてくれていた食事が並べられた会場に移る。焼き場からちょっと坂を上がってすぐだ。その前に全員で集合写真を撮ったりして、母の最期は記録された。残念ではあるが、もう母の姿があるのはここでおしまいだ。とはいえ、みんなで無事にここまで終えられたことに一旦ホッとする。
食事会場に入ると美味しそうな料理が並ぶ。膳ものの食事なわけだが、親戚軍団の中にはめんどくさい奴がいる。和食だと食べられないものが多いとか、にんじん・ピーマン・長ネギ・ごぼうは無理だとか・・・。そんなんいいじゃん、身内ばかりだし食べられないものは食べてもらえば、という話なのだがそういう人に限って「せっかくだから残さず全部食べたい」とワガママを言う。
残念ながら、そのめんどくさい奴は私だ。私の分は弟に頼んで「子ども用洋食膳」にしてもらった。量もちょうど良い。大人の膳にはない「エビフライとハンバーグ」が魅力的だった。カタログ写真を見た時から。それに、ちょっとしたデザートもいい。付いていたケーキがうまかった!
弟の挨拶で始まった食事時間は、何個かのテーブルに分かれて「あれうまい」だの「これたべて」だの、にぎやかだった。久しぶりに会う親戚もいるわけで、どのグループでも近況報告とか昔話とか、大きな声でしゃべり続けた。
たびたび書いているが、これがうちの親戚軍団。葬式の一幕でもこの決して暗くない雰囲気。母はあっちから飛んできて上から見て、叔父と二人で喜んでいたと思う。
母はいつも法事やら何やらで親戚軍団が集まる時、私の姪甥や従兄弟たちのこどもに「みんなにあげるおやつ」を用意していた。何を思ったのか、前記の最後のスーパーでの買物でそのお菓子を買っていたのだ。ラムネだとかグミだとか、子供にやさしい砂糖が多すぎないお菓子。残しておいても私は普段甘いおやつは食べないので、母の代わりに子供たちに持って行って配った。チビが二人いたけどそれ以外はもう中3から大学生。ほぼほぼみんな大きいのだが、それでも母が「子供たちに」といつも言っていたお菓子は無事に子供たちに受け取ってもらえた。
ひととおり食事を終えると「たばこ組」が喫煙所に集まる。喫煙者じゃないのに本家の長男従兄弟も出てくる。弟も一番下の叔父もいる。話題になったのは母の妹「叔母」のこと。
叔母には子供はいない。夫は数年前にやっぱりガンを患って亡くなった。今はひとり暮らしのばーさん。一番下の叔父は、母・叔母・本家の叔父とは異父兄弟でまだ若いので、どちらかというと我々と同じ「送る側」。さて叔母の最期はどうしようか、という話になった。もちろん叔母は元気。でも今回の母で経験した事を考えるとちゃんと気持ちの準備をしておいてあげないとな、というのが親戚軍団の共通の想いだ。
「誰が喪主やんのよ」「亡くなったらどっから知らせが来んのよ」「最初に誰に連絡くんのよ」
知り合いにいろいろ面倒を見てくれる人が居るようだが、最後に送るのは我々親戚軍団。みんなで協力し合ってというのは当たり前でも、誰を中心にどう回すのか、「こういうときはこう」「ああいうときはこう」とみんなでシミュレーションする。「王位継承権で言うと第一位だから○○(本家長男従兄弟の名)」「姉弟の長子の息子だから○○(弟の名)」「いちばん縁が深いから○○ちゃん(叔父の名)」「そうなると○○(私の名)だって同じ」。結局誰が喪主となり準備をして、どう最後にみんなで送るのか、全然まとまらない。そんな話をしているところ、食事会場から出てきたのが、長男の長男の長男である「本家長男従兄弟の19歳の息子」。みんなでその息子に向かって言う。
「あとはよろしく」(爆笑)
食事を終えて再び会場を移り、母が焼かれて出てきた。あっち痛いこっち痛いと言っていた母だが、喉仏やら大腿骨やら、しっかりとして綺麗だったことにびっくりする。そしてさらに綺麗な白い骨壷に母はおさまった。
皆さん今日は一日ありがとうございました。みんなにお土産を渡して母の葬式の一日は終わる。
いや、終わりません!
ここからみんな母の家(つまり私のうち)に移動して、まだまだ親戚軍団の全員集合飲み会は続く。
呑み部魂!!この日の話はまた次回へ続く。


