甥とお参りに行きまして

甥が生まれてすぐ、弟ファミリーは実家であるうちで生活をしていた。そもそも家は比較的近いし、ちょくちょく会っている。この頃からの感覚で、同居しているわけではないが「同じ家族」という意識でいる。

姪と甥が小さい頃はうちに来ては「お泊りしたい。お泊りしていい?」と言っていたものだ。お父さんお母さんがいないところで自由に遊べるのが良いのだろう。子供はいつでもどこでもそういうものだ。ま、今はどちらもでっかくなって、こっちが遊びに行ったってなかなか帰ってこないけど。


母が亡くなって次の日、斎場に打ち合わせに行った私と弟は、昼食を摂ったあとそのまま弟の家に行った。もらってきた葬式の案内だとか確認して親戚軍団に送って、またその他の内容ももう一度確認したりした。それなりに長居した私は「お寿司を食べよう」と誘ってもらい、最後は弟夫婦と甥とともに「はま寿司」へ行きご馳走になる。

ちなみにそこから私ははま寿司にハマる。シャリちぃでたくさん食べられるから嬉しい。

甥は学校の文化祭と重なり母の最期に立ち会えていない。だから斎場にお参りに行かなくてはという話になったのだが、さてどうしよう。本人は明日、文化祭の振替でお休み。だから明日が良いのだが両親はお仕事。ということで、火曜日に担当授業が入っていない私が一緒にお参りに行くことにした。

甥は小さい頃から頑張り屋である。今時の子らしく、スマホを離さずゲームばっかりしていて親から注意を受けることもあるようだが、でもすべきことがあればちゃんとする。彼なりにメリハリをつけて頑張っているのだろう。私は学生時代にそんなことはしていなかったもんだから、なかなか感心する。

負けず嫌いというか、プライドがあるというか、そういうところも私は彼の長所だと思っている。学校のテストで良い点を維持しているのも、プライドを正しく使って頑張っているのだと思う。小さい頃も何かしらで姪に負けると悔しくてガン泣きしていた。だから、周りの人、特に親にいろいろ指摘されてもそれを理屈で跳ね返そうとするなかなかの頭脳派。

私は甥の言うことをさらに論破するのが結構好きだ。彼ももう高校生。早いものだ。

高校生くらいになると家族とは話をしなくなるとよく聞くが、彼は違う。会うとずっと話をしている。学校のこととか、私の職業がわかっているから勉強のこととか。本当によく話をしてくれる。

9月24日(火)お参り当日。新横浜駅の地下鉄出口で待ち合わせをした。出口がよくわからないというから出口番号を教えて甥を待つ。出会った後は、お腹がすいたというからファストフードで食事。そのときは、気になる女の先輩のことを詳しく教えてくれた。学校での写真なんかも次々に見せてくれた。

駅から斎場まで少々歩く。その間もばぁば(うちの母)の話をしながら歩いた。話しているうちに斎場に到着した。

母はよく言っていた。「あんたの時は良かったよ。おじーさんもおばーさんも若かったから。あたしなんか、もうついて行くの大変」。うちは両親が若かった分、祖父母も若かったのだ。私が生まれた時はまだ祖父母は40代。あっちにもこっちにも遊びに連れて行ってもらった。母は自分が同じようにできなくてちょっと悔しがっていた。実際は年齢というより、持病の腰痛が辛かったからのようだが。

母は、それだけ姪や甥と遊びに行きたいと思っていた。姪が運転する車で、甥とともに3人で出かけるのが夢だった。しかし母は亡くなった。甥が母の遺体に向かい手を合わせる。甥がせっかくの休みの日にお参りに来てくれたことは、母も嬉しかっただろう。

帰りは洋服屋に寄って、それから解散をした。


姪はいま教習所に通っている。甥も先日の学校のテスト結果が良かったようだ。母が、つまりばぁばが期待していたとおり、二人とも立派に大きくなっている。

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