最期はミラクルが重なりまして(終)

まさにミラクルだった。

私は面談が入ってお見舞いの時間が遅れ、叔父たちファミリーも昼食をとる時間が混雑で遅れ、そのおかげでみんなが揃って送れたのだ。


9月22日(日)のさらに続き

一番下の叔父たちファミリーを送るのに駐車場に下りる。弟はニコチン切れで早速一服に行った。

私はみんなの車のところまで行った。なぜなら、駐車場に降りたら長女従姉妹の夫とともにその子供たち、おチビたちがいたのだ。私は小中高生を教える塾講師でありながら、実はそんなおっきい子達よりおチビたちの方が好きだ。ついつい「こえーBOSS」ではなくなってしまう。

長女従姉妹のところには、一緒に来てくれていた女子と男子の二人の子達の上にもうひとり、年の離れたお兄ちゃんがいる。なにせ中学3年生なもんで、受験を控え9月は大事な学校の定期テスト時期のために、彼だけ来ていなかった。私は塾講師。職業病。ついついその来ていないお兄ちゃんの勉強の様子を、母である長女従姉妹に聞く。長女従姉妹もちょっと相談をしてきたりする。まだまだ目標校は高くおいてもいい時期だ。母親は心配だろうけど、目標高ければモチベーションが上がる、なんて話をした。私の古巣の大手塾に通っているそう。大丈夫だろう。

「上から電話来た!みんなで戻ってきてって。心臓が止まったって!!」

そんな進学相談真っ只中、弟がスマホを持ちながら私たちの方に声をかけた。戻ろう!再びみんなで母の病室に向かった。

弟が真っ先に病室に入る。後から我々はついていく。もう全員で病室に入って良いと言われた。最初に飛び込んだ弟は、すでに寝ている母の左手を握って呼びかけている。

右手は長女従姉妹が握っていた。やはり名前を呼んでいる。同じ右側に陣取った私は、手じゃなくてベッドの端っこを握った。かがむと腰がやや痛いから、やっぱり立って母に呼びかけた。

叔父たちは母の足元の方で母の名を呼んだ。

「ばぁば!!ばぁば!!」「○○ちゃん!!○○ちゃん!!」

もう母は動かない。まぶたも口元も全く動かない。それでもみんなで呼び続けた。何分間呼び続けたかはあまり記憶にない。でも、体感ではかなりの時間呼び続けていたような気がする。みんなで呼んだ。泣いた。でも戻ってこない。

私は母の右腕をさすってみた。まだ温かい。だから呼び続けた。やっぱり戻ってこなかった。

弟が決断する。「もう全部外してあげてください」

またみんなが泣いた。私は泣かない。本家の叔父との約束で。

まずは看護師さんが先生を呼ぶ。先生は心音を聞き瞳孔の確認をし、母が逝ってしまったことを宣言する。皆で頭を下げた。「ありがとうございました」。

9月22日(日)夕方16:00を過ぎていた。母死去。

このあと、母の体についていた酸素マスクやチューブが外される。その間に叔父は叔母や本家に報告をし、ファミリーたちは帰っていった。また葬儀の日など決まったら知らせる約束をして。弟は妻である義妹に知らせる。私も自分の周りの人にLINEで知らせた。

弟が葬儀屋に連絡をしている間、私は一人で母の病室に戻った。担当の看護師さんが母の身体に着けられていた器材を丁寧に外している。顔を拭き、髪にはクシを通し、やさしく整えてくれている。私はその若い看護師さんに話しかける。聞いたらコロナ禍で看護師になる勉強をし、今現場に出ているのだそうだ。いちばん大変なときによく看護師目指して頑張れたねぇと感心して聞いたら、「何故かこの仕事以外に、自分の中で選択肢がなかったんですよね」と言う。私も教え子にそんな子が何人かいるよと返す。

母は人生の最後の最後に、こんな看護師さんに出会えてよかったな。

義妹と姪がやってきた。病室には寝ている母と自分と弟夫婦と姪。義妹は寝ている母の頭を撫でた。姪は目を真っ赤にしている。力の抜けた私と弟は椅子に座っていた。そんな時弟がポツリという。

「ホントにばぁば、喋れなくなったら死んじゃったね」

ほんのり笑顔だった。弟に、心から「君もよく頑張った」と・・・思った。照れるから言葉には出さなかった。

急な面談がなく予定通りの時間に見舞いに来ていたら、私は母の最期の場所にいられなかった。下の叔父たちファミリーが予定通りに昼食が摂れていたら、みんなで送ることはできなかった。あれもこれも遅れたのはミラクル。最後に母はミラクルを重ねた。みんなを呼んだのだ。

私は最後まで涙は流していない。叔父との約束は絶対だから。


母の最期は長編になった。ここまでのことを何かに書き留めていたわけではない。LINEの記録とか電話の着信記録とかヒントになるものはあったけど、思い出すとその時その時の場面て蘇るものだ。

立派に母を送った弟。いや、これから葬儀の準備やら親戚への連絡やら、喪主となる彼の大変さは続く。私もできるフォローはしなくてはとピリッとする。母の死後、我々の背中をポン!と叩くような声をかけてくれたのは、一番下の叔父の妻、義叔母だった。

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