もうそろそろいいんじゃね?て感じでして

最近、雨が降るとほっとする。なぜなら、玄関前の植物たちに水あげをしなくて済むからだ。私は動物には強いが植物は苦手。ちゃんと育てた経験がほとんどない。

しかし母は全く違って、植物もいけちゃう。というより、植物がほんとに好きな人でして


「もう、いい加減にしてくれ!」

毎日の仕事前、午後になると部屋から1階に降りる。うちはもともと2階がアパートだった。その2階をリフォームして今は私の生活拠点になっているから、一旦外に出てまた玄関から家に入る感じ。

その度に、母が残した鉢や塀に育っている植物たちを目にする。

どれも母が生前、大切に育てていたものたちだ。しかし、母が亡くなってからというもの、悪いんだけどその鉢たちが邪魔で邪魔で・・・。母は亡くなる1,2ヶ月前から世話をしてなかったから、どれも元気がなくなっていた。私はとにかく植物を育てるのが昔から苦手なので、死んだ鉢から順に処分していこうと思ってたわけだ。

それでもやっぱり生き物をそのままってわけにいかないから、一応水あげだけはしてた。母のように土を変えたり肥料を撒いたりなんて全然してないんだけど、水だけはあげなきゃなぁ、なんて。案の定、寒い冬を超えた時には、どの鉢も土だけみたいになったり、木モノは枝だけになったり。むしろ「この鉢全部片付けるのか!」と気が重くなっていた。

そして迎えたこの春。

あの土だけになってたはずのハゲ鉢からガンガン緑の茎やら葉っぱやらが生えてくる!それどころか、ガンガン花を咲かせている!!昨日なんて、暑いなぁなんて思いながら午前の学校支援から帰ってきたら、うちの塀にバラがびっしり咲いてたよ。

まさかの新芽!まさかの花!ゾンビじゃないんだから、死んだと思ったらほとんどみんな生き返って元気だった。処分どころか、雨の日以外は毎日水をあげる習慣が身についちゃったよ。

しかし、あんなに手入れ不十分だった植物たちが、一斉に芽を出し花を咲かせるなんてありえない。これはきっと、母の植物への執念が乗り移ったに違いない。あの人、本当に植物が好きだったからなぁ。「あんたも水やりなさいよ!」って、上から念を送ってきたのかもしれない。

私もしまいには日当たり考えて鉢を移動させたりなんかして。

世話をしているうちに、不思議と愛着が湧いてきた。母の残した植物たちは、枯れるどころか、私の予想を遥かに超える生命力で、玄関前をを明るく彩ってくれている。

今日も仏間に飾られた母の写真は笑っている。その笑顔がプレッシャーになる。「やります、やりますよ、やりますとも。明日もヤツらに水を」。写真にほほ笑みかけられると、水あげは続けなきゃって思うのだ。


暖かくなってその植物の生い茂り方ったら半端ない。

明日は教え子が、裏庭の植物たちの剪定の手伝いに来てくれる。

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