母の味を再現しまして

母にはストック癖があった。1本あればいい調味料はもう1本、トイレットペーパーも1パックでいいものを2パック。カップラーメンは食べたいときに買えばいいのに5個くらい。戸棚を開ければストックだらけだった。

母が亡くなって諸々片付けをしていると、あれも出てくるこれも出てくる。半年経った今でも、調味料とちょっとした食べ物には困っていない。


一人暮らしになって料理の腕が上がった気がする。最初に勤めた「B企業」では「3ヶ月で休みが3日」みたいな働き方をさせられてたから、若い頃の一人暮らしではコンビニ弁当が基本だったけど、時間に余裕がある今の一人暮らしは、自炊をするのが普通になった。糖質を抑えていることも自炊をする要因となっている。

特に、キッチンの片付けをしている時に母が買い残した食材やソースなどが出てくると、「さて、これを使って何を作るか」と考える習慣ができた。

先日は「小豆」がひと袋あるのを見つけた。母はよく、お汁粉を作っていたのだ。

私はというと餅が好きではない。基本的にやわらかいご飯が好きではない。逆にパッサパサ、パラパラの硬いご飯の方が好き。昔タイ米が出回った時には、むしろ大歓迎だった。水がないと窒息死するよ、みたいなご飯が好きだ。

だから母がお汁粉を作ると、餅なしの甘い小豆スープのみを食べるのだった。

しかし私は加えて「甘いものが苦手」。和菓子なんて人生で数えられるくらいしか食ってないのでは?というくらい食べていない。でも母のお汁粉は炊くと少しいただいた。なぜなら母のお汁粉は甘くない。いや甘いんだけど、“普段甘い物をたべない人間もたまに現れる『甘いものがほしーな』というとき”にちょうどいい。

だから母のは、甘味が凝縮されてドロドロしているものでなく「サラサラ系」スープ。甘味屋のものより塩が多めで、食べたあとはスッキリする。これがまた、小豆の袋を見つけたら食べたくなったのだ。

人生で初めて「小豆炊き」に挑戦!!!

沸騰させてアクを取って、また新しい水で沸騰させて味付けする。私は砂糖は入れない。「ラカント」を使う。健康のために「オリゴ糖」と「はちみつ」もいれた。そして登場するのは「食塩!」。この分量が勝負。足りないと甘ったるくなるし、入れすぎると汁粉じゃなくてしょっぱい小豆スープになるし。

味見を見ながら絶妙な塩加減に仕上げた。舌は「おふくろの味」を覚えている。母の味が再現できた。

小豆の声を聴けぇ 時計に頼るな 目を離すな 何ゆうしてほしいか小豆が教えてくれる

食べてる人の幸せそうな顔を思い浮かべぇ おいしゅうなれ、おいしゅなれ、おいしゅうなれ

その気持ちが小豆に乗り移る うんとおいしゅうなってくれる あめぇ汁粉が出来上がる

鍋の底に焦げ付かないように、コトコト弱火で煮込みながらシャモジでゆっくりかき回す。途中で豆を一粒二粒口にして煮込み具合も確認する。ものすごく神経を使って、慎重に炊いた小豆は、ちゃんと母の味に仕上がった。

録画しておいたNHK「カムカムエヴリバディ」の再放送を見ながらお汁粉を食べた。ドラマとお汁粉が好きだった母。母も元気でいたら、おしるこを食べながらドラマを観ていただろうか。

私にはまだ、再現できるか挑戦しなければいけない「おふくろの味」が残っている。


母の作るナポリタンは親戚軍団にも評判がいい。顔を見ちゃぁ母は「ナポリタン作って」と言われていた。そのナポリタンも頑張って真似して作れた。カレーもまずまずいけると思う。

いつか曾祖母、祖母、そして母が作っていた「うちの鯖味噌」作れるようになりたい。

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