今日は小6の生徒を泣かせてしまった。いや、泣かそうとして泣かしたわけじゃなくて、お説教したら泣いちゃったのだ。
最近思うのは(もしかして昔からそうだったかもしれないが)「あ、すいません」「ごめんなさい」を言わない子が多い。例えば宿題忘れをごまかすために嘘を付いたり、こっちが説明している途中に話を返すから、「最後まで聞きなさい」というと黙ったり。。。「ごめんなさい」「あ、すいません」って言えば、じゃあ次は気を付けなさいで済むのに、と思ってしまう。
今日は話をさえぎって叱ったのでなく、その一言が言えなければいけないと説教をした。うちの生徒たちはちゃんと声の出せる子にしたい。
うちの弟は、小さい時から近所の人に愛想のよい子だった。幼馴染のお母さんとかに「おばちゃん、こんにちは!」と片っ端から挨拶の出来る子だった。一方の私は愛想が決して良い子供ではなかったので、母からよく「あんたは小さい時無愛想な子だったけど、○○ちゃん(弟の名)はちゃんと出来る子だったよ」と言っていた。どうやらそれは母の自慢のようだ。
弟が生まれた頃、既にうちの両親の仲はあまり良い状況ではなかった。私としては本当に小さい頃の記憶なのでそんな印象になっているのかもしれないが、毎日夫婦喧嘩をしているような強い印象がある。どういう流れでそうなったかは全く覚えていないのだが、夜中ふと目が覚めると赤ん坊の弟がギャンギャン泣いている。自分も起きて電気をつけると父も母もいない。しばらくすると父は帰ってくるのだが、どうやら飲みに行ったんだかなんだか、小さい子供を二人おいて遊びに行っていたようだ。
その時母はいなかった。出て行ってしまったんだと思う。そういう時は私も泣いた。
大人のそういう空気は小さい子供にもわかる。そんな小さい私は、寂しいとか怖いとかそんな感情にはなれなかった。なぜ泣いたかというと、なんでこんな両親なのか!と情けない気持ちになったのだ。小さい子供もがそんなこと思う?と感じるかもしれないが、ちゃんとそう思えてしまうのだ。
そんなこんなで両親が離婚をしたあと、私と弟は母とともに今住んでいる祖父母のうちに引き取られる。弟の物心付いた時の記憶は、この家に来てからだと思う。私はそれを良かったと思っている。弟にも一度話したことはあるが、私が見てきた両親のいざこざが弟の記憶に残らずに済んだから。大人にはなんてことのない日常の言い合いでも、子供にはまるで殺し合いかと思うような恐怖心があるものだ。頭ではわかっていても身体に異変を感じる時があるほどトラウマも残る。残念ながら私にはそれがある。弟だってスタンダードでないうちの家庭環境に辛さはあったかと思うが、その記憶がないことだけはよかったと思っている。
弟は良い人に恵まれ結婚し家庭ができた。自分が辛かったことを子供たちに感じさせないようにと必死に頑張っている。そんな弟ももう少しで次の大台に乗る。
母は、弟が父の死んだ年齢まで元気でいてくれるかとすごく心配していた。弟はおかげさまで「いいおじさん」となる年齢に近づいてきている。無事に父の年齢は超えたが、今となってはそんな母の心配を超え、自分の家族のためにも身体に気をつけてもらいたいと私が心配してしまうのである。
と言いながら、心配をしてもらっているのは私の方なのだが。
小学生まで、うちの兄弟の誕生日とクリスマスは「不二家のケーキ」だった。誕生日は生チョコケーキ、クリスマスはクリスマス仕様のいちごショート。これが定番だ。その頃母は不二家びいきだった(昔うちの近所にあったからかも)。
母は亡くなるどのくらい前に買ったのだろうか、冷蔵庫を片付けていたらペコちゃんのペロペロキャンディー(正式名称:ポップキャンディー)が出てきた。


