母と最後のお出かけしまして

母はコーヒーが好きだ。インスタントコーヒーでさえこだわりがあって、結構うるさい。そのおかげで私もコーヒー好きになり、いつもふと気づくと母がコーヒーを淹れてくれていた。確か母は若い頃にコーヒーの入れ方講習に参加した記憶がある。そもそも私が生まれる前?生まれてすぐ?には喫茶店でバイトもしていたという。

母がいれたコーヒーはとても美味しい。


2024年7月2日(火)

ある場所にお参りに行った。以前にも一度母と二人で行ったのだが、この1ヶ月前に再び行けそうだというチャンスが訪れ、「あんたもいく?」とまた誘われたのだ。その日は仕事の日だったのだが、今思えばほんとに不思議で、休みをとっていこうと思ったのだ。ちなみにその日は職場である塾で自分担当の授業がなかった。

自宅からは電車を使って1時間はかかる。以前書いた記事のように母は出かけることに恐怖心があったから、私を誘ってくれたというより一緒に付き添ってきてほしいという気持ちのほうが大きかったかもしれない。目的地についたときには「よかったぁ、無事にこられた」と言っていた。

到着してほっとした母が求めたのはコーヒー。駅ビルにスタバがある。遠出に心配があったため、早めに動いていた分着いてのんびりする時間ができた。いつもどおり母はがま口(本当に基本形のがま口を愛用していた)から3つ折りの1,000円札を私に渡す。買って来いということだ。スタバのコーヒーは好きだけどサイズ指定がよく分からずオーダーが難しいと言っている母。スタバはいつも私が買う係になる。

コーヒーを飲み干してお参りに行った。「お参りの時はお願いをする前にありがとう」と小さい頃から母に言われていた。なんでもいい、今いつもどおり普通にいられることでもいいからありがとうが先だと。私は「母の体調が思わしくない中、無事に来ることができました」ありがとう!と拝んだ。

前に血液検査の話を書いた。その後「異常なし」の結果が出るため、そのままだったら何だかわからないうちに母は亡くなっていたかもしれない。スピリチュアル的な話になるが、このときお参りに行ってありがとうを伝えられたことが、その後の母の病気がはっきりする方向に導いてくれたのではと思ってしまう。そんな話を後に母にしたら母も同じことを考えていたと言っていた。

お参りの帰りに何をするか。もちろんコーヒーを飲んで帰る。今度は駅の近くのコーヒー屋でコーヒーを飲んだ。ここまで無事に過ごせてホッとした母、そして母が無事でいてくれてホッとした私はややテンションが上がる。コーヒーだけでなく「レモンスカッシュ」「コーヒーゼリー」「アイスクリーム」・・・「コーヒゼリーにアイス入れちゃうか」「パンもいっちゃうか」となんだか小パーティーのようになった。母は体調が悪そうな雰囲気も感じられなかった。

二人とも、これが最後の二人でのお出かけになるとは思っていない。

お参りした時間よりも長く過ごした帰りのコーヒー屋。母はわからないまま逝ってしまったが、私には最後のお出かけがコレだと、しっかりに思い出に残る時間だった。

さぁいよいよこの数日後、母の身体の異常がはっきりする。

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